ラブストーリーが始まらない!

それはとある何でもない日の事で、私はいつものようにAPを消費しようとFGOを起動していた。
珍しく何のイベントもない期間で、種火かQPかフリクエ消化か、ふわっとそんな感じの事を何となく考えていたと思う。
起動画面を見つめること暫し、右下のフォウ君が消えていつもの画面が表示される──筈が何故か視界が暗転、何かに引っ張られるような感覚に驚いて目をつむってしまった。

もう一度目を開けたら何か光のようなものが周囲を流れていき、私の身体はどこかへ向かっているようだった。
訳が分からずそのまま固まってしまったけど、暫くして思い当たる。これ──レイシフトだ!!

画面越しにしか体験したことが無いから暫く気づけなかったけど、光の渦に向かって引っ張られる感じはきっとそれだ。
合点がいって納得した瞬間、急に眩しさを覚えて再び目を閉じる。

身体がどこかに着地したのを感じてそっと目を開けたら、そこは画面越しに見知った場所。

「カルデア……?」

カルデアのどこかまでは分からないけど、壁に描かれた紋様には物凄く見覚えがあった。

──そんな、バカな。
これは、これってつまり、所謂、トリップってやつですか?

自分の置かれた状況に訳が分からずぽかんとその場で立ち尽くす。

ふと背後からコツリと足音が聞こえて、びくりと肩が震えた。
恐る恐る振り向いてみれば、そこにはやっぱり画面越しによく見知った人物が立っていて。

「……キミ、誰だい?」

うちのカルデアのエース、過労死筆頭ことマーリンが、怪訝な顔でこちらを見ていた。







バタバタとカルデア内を全力で駆け抜けていく。
すれ違いざまにクー・フーリンが「また追いかけっこか嬢ちゃん」と楽し気に話しかけてきたが、返答している余裕はない。というかまたって何かな?私は必死なんだよ!!

「あっ!マシュ~~~!!」
「えっ、なまえさん?」

あぁ~ん釣れない!先輩って呼んでよぉ。
……と言いたいところだが、ここでのマシュにとっての先輩は藤丸立香(男主人公)だ。
健気に先輩を想うマシュが可愛いので文句は言うまい。このカルデアは私のカルデアじゃないのだから。

「匿って!!」

バッとマシュの背後に滑り込むと身を縮める。
マシュが「えっ」と呟いて、背後の私を振り返った。

「また逃げてるんですか?」
「また逃げてます。捕まりたくないです。匿ってください」

棒読みで告げればマシュが苦笑する。
「そんなに苦手なんですか?」と聞かれてコクコクと頷いた。

苦手、っていうか、厳密には違うけど。

「追いついた。そんなところに隠れても無駄だよ、なまえ君」

びくり。声が聞こえて私は肩を震わせる。

「マーリンさん……なまえさんを追いかけまわすのはやめてあげてください」
「逃げなきゃ追い回したりしないんだけどねぇ……何故か私が近づくだけで逃げてしまうんだよ」

やれやれとマーリンが肩をすくめる。
追い回されなきゃ私だって逃げないよ!……いや、やっぱり怖いから逃げるかもしれないけど。

ここでの生活にも慣れてきた今日この頃、それでもどうしても慣れないのがコレだ。
マーリンによる追走劇。何故かマーリンは私にやたらと構いたがり、それが気味悪くて逃げ回る日々を送っている。

マシュの後ろに隠れた私をマーリンがちらりと一瞥する。サッと顔を逸らす私を気にした風もなく、マーリンは軽い調子でマシュへと声をかけた。

「ところで、マシュ。さっきマスター君がキミを探していたよ。おやつを一緒に食べないかって」
「えっ!そうなんですか、ありがとうございますマーリンさん。じゃあみんなでおやつタイムですね」
「私となまえ君は良いよ、折角のデートを邪魔してはいけないからね。一人で行っておいで」
「えっ、ちょ」
「デ……」

マシュが頬を赤らめる。その姿は大変可愛らしいのだが、私は首根っこをマーリンに掴まれ逃走を阻止されてしまい顔が青くなる。
く……くそぅ!マシュには無体を働けまいと思ったのに、そこで藤丸君の名を出してくるなんて卑怯だぞ。私を優先しろとは言いづらいじゃないか。

「ね、なまえ君もそう思うだろう?」
「……ウン…………」
「……良いんでしょうか?」

そんな照れくさそうな顔されたら良いよとしか言えない。
マシュと藤丸君の恋路の邪魔がどうして私に出来ようか。私だって君たちの道程を一プレイヤーとして見守ってきて、二人の関係には並々ならぬ思い入れがある。

そもそも私の逃走劇にマシュを巻き込む事事態やっぱり気が引けた。逃げといて今更なんだけど。

遠慮がちにマシュが去ってしまい、私はその場にマーリンと二人取り残される。

「じゃ、私はこれで」
「うん逃がさないよ」

がっしと肩を掴まれてしまい逃走はやはり失敗。
ちっと舌打ちを打つと「はしたない」と怒られた。うるせー。

「いい加減観念しない?」
「しない!」
「素直じゃないんだからなぁキミは。どうして私を避けるんだい」

お前の内面を知ってるからだよ!!

マーリンが私を追い回すのは、私がイレギュラーな存在だからだろう。
マーリンが言うには、私は何の前触れもなく忽然と現れたのだという。

何処から来たのか?と聞かれ、迷った末に私は自分の住んでいた地域を答えた。
詳しい住所までは言えなかった。引っ越したばかりで忘れた、で押し通した。

カルデアの事も魔術についても、知らぬ存ぜぬで押し通したけど、誤魔化しきれたとは私も思っていない。
だけど「ゲームしてたらゲームの世界に吸い込まれました」なんて本人を前にして言えようか。いや、言えるわけがない。

それでも一応その場は何とかなった。何より主人公──藤丸立香が、私を庇ってくれたのが大きい。
ゲームやってても思ったけど懐の広さが聖人並すぎる。君にならマシュを任せられると私は物凄く感激した。

だけどその場は何とかなっても、マーリンを誤魔化しきることは出来なかったようで。
私を一番最初に発見したマーリンには、はっきり聞かれてしまったのがまずかった。

私は開口一番「カルデア」と口にしてしまった。
マーリンはそれを聞いていたのだろう。だから余計に私に付きまとうのだと思う。

マーリンに本気で口を割らせられたら黙っていられる気がしない。
誘導尋問で口を滑らせにきそうだからおいそれと口もきけない。

だから私は逃げるのである。

「突然カルデアに現れたキミを心配しているうちに心惹かれてしまっただけなのになぁ。悲しいなぁ」
「嘘吐け!そんなわけあるか!!」

心とか無いくせに!知ってるんだぞ私は。
だけどそれを言ってしまったらどうして知っているのか尋ねられるに決まっているので慌てて口を噤む。

「そんなに人でなしに見える?」
「見えるっていうか人でなしでしょ」
「女癖は悪いけどこれでも爽やかな正義の魔術師で通ってるのに……」
「女性に不誠実な時点で正義も何もあるもんか!」

何が爽やかな正義の魔術師だ。詐欺師とかクズ呼ばわりの方が名が通ってるくせに。カルデアに限った話ではあるけど。

「頑固だなぁ、全く」

言いながらマーリンが一歩私に近寄ってくる。反射的に一歩下がったらいきなりつかつかと距離を詰められ壁ドンされてしまった。

ちょ、待っ、
もうちょっと前触れとか心の準備の時間とかそういうのあるでしょ!?

動揺からぱくぱくと口を開け閉めする私をマーリンが至近距離でじっと見降ろしてくる。
無理、顔が良すぎる。心臓に悪い。こうやって何人の女を手籠めにしてきたんだ、許せねえ。

「は、は……離れて」
「え~、やだ」

やだって!それはこっちのセリフだよこの夢魔もう本当ヤダ!!

「まんざらでもなさそうだね?」

にやりとマーリンが口端を歪めて言う。イケメンに壁ドンされたらそりゃ多少はね!!
だけどこの行為に甘い意味なんて一ミリも介在していないことはよぉく理解出来ているから、どっちかというと怖い。

「顔がいいからって騙されないぞ!」

毅然とマーリンを睨みつけて言ったら、ぶはっとマーリンが噴き出した。
失礼な奴だな!!

「本当キミって変な子だよねぇ」
「マーリンに言われたくないんですけど!そろそろ放して」
「やだ」
「ワガママ!駄々っ子!!」
「キミがね」

からからと笑いながらマーリンは一向に私を放す気配がない。
どうしよう、困ったな。私なんかがマーリンの裏をかけるわけもないし、通りすがった誰かが首尾よく助け出してはくれないものか。

そう思ってはみたものの、一向に誰も通りかからない。クソ、どうなってるんだ、ここには100騎以上のサーヴァントがいるはずなのに……ッ。

「……こうしてみると、結構可愛いね、キミ」

ふとマーリンが出し抜けに呟く。ど……どういう意味だ!

「嬉しくない……」
「褒めてるんだよ、素直に受け取っておくれ」
「マーリンの言うことは基本9割疑ってる」
「えっそんなに……?」

マーリンが「ショックだ」という顔をして呟くが、それだってポーズなのは分かっている。私は絶対に絆されたりしないからな!

「マーリンは詐欺師だから注意した方がいいって色んな人から言われたし」
「酷いなみんな!私が何をしたというんだ!」

白々しく嘆くマーリンをしらーっとした目で見つめれば、マーリンがごほんと咳払いした。
襟を正すと改めて私に向き直るマーリンに、私はうっと喉を詰まらせる。

「さて」
「あーっと私あの」
「はい黙ってね」
「むぐぐ!」

無遠慮に口をマーリンの掌で塞がれる。やだ……大きい……いやときめいてる場合ではない。

「そう警戒しないでおくれ。本当に悲しくなってくるだろう?」

マーリンが困ったように眉尻を下げて言った。くっ……だ、騙されないぞ。こいつ人間のふり上手いな。

「私はただキミに興味があるだけなんだよ。キミがどんな人生を送ってきたのか、その物語に興味がある」

……それは、嘘じゃないのかもしれないけど。それを聞かれてもまともに答えることは出来ない。

だって、マーリンが面白がるような特別な人生は送っていないから。
普通に普通の、まぁオタクだから一般的ではないかもしれないけど、それでも平凡な人生だ。

マーリンがそっと私の口から手を離した。
促すように微笑みかけられて、それでも私は何も言えない。

暫く私を見つめていたマーリンが、諦めたようにため息を吐いた。

「やっぱり話してくれないんだね」
「……大した話は出来ないから。私にマーリンのお気に召す話なんて出来ないよ」
「ふーむ」

マーリンが顎に手を当てて何事か考え込み始める。
いや、それは一人でやってくれないものか。いい加減この距離感我慢の限界なんだけど。何かすごく花の香りが漂ってきてちょっと腹が立つし。いい匂いしやがって。ちょっと草っぽいけど。

「じゃあそれはいいや。なら私とつき合わない?」

マーリンがにこやかに笑って宣った。

…………は?

「餅つきの季節には遠すぎるよ」
「そういう小ボケはいらないから」

ばっさりと切り捨てられた。ひどい。

「…………一応聞くけど、どういう意味?」
「私の恋人にならない?って意味だよ」
「…………何で?」
「キミが好きだから」

あっさりとマーリンは言い放つ。それが愛の告白をするテンションか?
イケメンから壁ドンされて好きだから恋人になれと言われ、こんなシチュエーションお金払わないと一生無いだろうに、私の胸に去来するのは虚しさだった。

「うそつき」

ぎろりと睨みつけて言うとマーリンがわざとらしく肩をすくめる。
「信用無いな」と残念そうに呟くけど、全然言葉に真実味が無い。

「悪い話じゃないと思うんだけどな。私は女の子を悦ばせる手練手管に精通しているし、いきなり知らない土地に飛ばされて不安なキミのより所になってあげられるのに」
「別に、それなりに楽しんでるからいらないよ!」
「……ふうん、それもそうか。キミにとって"知らない土地"では無かったね。キミはカルデアを知っている」
「うっ……!」

ほらきた、やっぱりその話だ。
ぐっと唇をかみしめて、だらだらと冷や汗を流しながら目をそらす。
マーリンが身体を屈めてじっと私の顔をのぞき込んできた。近い近い!!無理!!いろいろ無理!!

「いや……そういうことじゃ……なくて……」
「じゃなくて?」
「……あの、本当に放してくれませんかね……も、もういろいろ無理っていうか…………近すぎて話すものも話せないっていうか…………」
「だってキミ放したら逃げるじゃないか」

目と鼻の先に顔を近づけたまま言われ、吐息が顔にかかる。
限界まで顔を逸らすけれど気休めだ。ちょっと顔を近づければぶつかりそうな距離に唇があって、心臓に悪すぎる。

「こ、このままじゃ心臓保たないから!」
「そんな簡単に心臓止まったりしないよ。もし止まっても私が助けてあげる」
「むりむりむりしんじゃう!ちかい!」
「……ふふ、しんじゃう、なんて可愛いね。本当に死にそうなことしてみる?」

さらりと耳元の髪をかきあげられて一気に顔に熱が迸る。
こ、この、女たらしめ……!

「しない!放して!」
「……うーん、そんな顔見たらますます放せないや。キミが素直になるまではこうしていよう」
「ちょっ、素直だから!もうすでに!」
「そうかな?もっと自分の心に素直になってみなよ」

そっと耳元に顔を寄せられ囁かれる。びくりと肩が震えて腰から力が抜けそうになった。
良い声しやがって、ダミーヘッドマイクの乙女向けCDだってこんなに臨場感無いよ。

くいっとマーリンが私の顎を引いて、そのまま親指で私の唇をそっとなぞる。

「私に抱かれたいくせにね……?」

ぼっと顔が燃え上がるように熱くなり、私は反射的にマーリンを突き飛ばしていた。

「…っ、あ、あーっ!えっと私ダ・ヴィンチちゃんに呼ばれてるからごめんねじゃあさよなら!!」

死にものぐるいでその場から逃れ、走って走ってどこでもいいから遠くへ逃げる。
顔が、身体が熱くてどうにかなってしまいそうだった。

絶対絶対絆されたりしない!あんな誘惑に流されてたまるかっ。
でもちょっと、あんなのは反則だ。そんな気無くても否応なしに女の欲を引き出しにくる仕草。夢魔なめてた。

「あぁあああ~ッ!無理!!」

顔をブンブン振って叫ぶ。
通りがかりのスタッフにぎょっとした目を向けられた。

ちくしょう、ちくしょう!マーリンのバカ野郎。
ますますおかしな子と思われてしまうじゃないか。違うんです全部クソ夢魔野郎のせいなんです!

「逃げられちゃったか」

私が脱兎の如く逃げ出したあと、マーリンがぽつり呟く。
その声音には楽しそうな色が混じり、更なる騒動を予感させるものだったのだけど、私はそんなことを知る由も無く、とにかく身体から熱を逃がそうと必死になって走るのだった。





「やぁなまえ君」
「私が一人になった瞬間を狙ってくるの本当にやめて!」

あれ以来、とにかくマーリンから逃れるために、他のサーヴァントやスタッフとも密に交流するようになった。
一部のサーヴァントやスタッフは私のことを不審に思っていたし、私も身の潔白を証明出来ないでいたから、あまり深く関わるのを避けていたんだけど、そんな事言ってたらマーリンに付け入られかねないと一念発起。今ではだいたいのサーヴァントやスタッフとかなり仲良くなれて、私への疑念の大半は払拭されたと思う。
仲良くなった一人の例として、ダビデに曰く、
「いやぁ、なまえはどこまでも凡人だからね!何か企んでいたとしたらあまりにもお粗末すぎて話にならない!君みたいなタイプこそ僕は契約したい。資産運用とか興味無い?」
……だそうです。殴るぞ。

みんな揃ってだいたい同じようなことを言われた。めちゃくちゃ複雑な心持ちである。そんな口をそろえて凡人凡人言わなくても良いじゃない。

はてさてそうして回想モードに入ることで思考からマーリンをシャットアウトしていたら、不服そうに眉を寄せてマーリンが言った。

「……そんなに避ける事無いだろうに」

セクハラしておきながら避ける私が悪いみたいに言うな。
正当な防衛行為です。

「そういうマーリンは何で私を追い回すの?」
「キミが好きだからって言ってるだろう?」
「そういうの良いからマジで」
「そんな本気で信じてないという目で……少しはドキドキしておくれよ」

してるけど、マーリンからの愛の告白ほど心躍らせて虚しいものもこの世には無いだろう。
つんとそっぽを向くとため息を吐かれる。

「変な子だなキミは。私のこと好きなくせに」
「…………!な、なん」

突然の好き認定にばっと思わずマーリンに顔を向けてしまう。
突然何を言い出すんだ、というか、何で、

……何でバレた!?

「私は夢魔だよ?夢魔は人の感情を食べる生き物だ。キミから放たれる感情がどんな色をしてどんな味なのか、手に取るように分かる。キミは、私のことが好きなようだ。それも熱烈にね」
「……っ、食べるなーっ!!」

わなわなと震えて思わず叫ぶ。そん、そんなにはっきり分かるものなの!?
私だってマーリンの特性について考えなかったわけじゃない。だからこそ出来るだけ平常心を保って、マーリンには近づきすぎないよう気をつけてもいたのに。

でも好きって言ってもそれはキャラとしてであって、まぁその恋心に近いものはあったかもしれないけど現実に目の前に現れられるとそれはそれで困るっていうか……相手がマーリンならなおさら…………。

顔を険しく歪めてぐちぐち脳内で言い訳する私に、「減るものじゃないんだし大目に見ておくれよ」とマーリンが宣う。減らないの?その辺どうなってんの?感情を食べるってどういうことなんだ、知りたいのは山々だけど、残念ながら自衛のためにもそんな突っ込んだ話は出来ない。

「まぁその手の感情を向けられるのは慣れっこだし、食べ慣れた味ではあるんだけど」
「こいっつ」

さらりとマーリンが言う。分かっちゃいたけど腹が立つ。
どうやら私の前で繕っても無意味と悟ったらしい。そのマーリンらしさにはファン心理としてときめきが無いわけでは無いが、一乙女としてはシンプルにムカつく。

じっとマーリンが私を見つめて、不思議そうに首を傾げた。

「キミは全く不思議な子だ。立香君以上に普通の凡人で、マスターでもない。魔術の素養もゼロ。なのに何故か立香君のレイシフトに合わせて勝手にキミもレイシフトしてしまう。キミを何度も窮地から救ってあげた私をもっと信用してくれてもいいのになぁ」

……う。それを言われるとつらい。

どういう因果か私に分かるわけもないが、マーリンの言うとおり、藤丸君のレイシフトに合わせて私はコフィンに入ってるわけでもないのに勝手にレイシフトしてしまっていた。
やってることは単独顕現のようなものなので当初物凄く物議を醸したのだが、レイシフト先でポンコツぶりを発揮するにつれとりあえず驚異ではないと判断されたようで、ビースト容疑は一応払拭することが出来た。問題は私には何の自衛手段も無いということで。

折角FGOの世界に入ったんだから魔術回路ワンチャンあるんじゃないかと思ったのに、皆無だそうである。皆無。
そんな足手纏い以外の何者でもない私を、戦闘中守っていてくれたのがマーリンだった。

幻術あるし、接近戦も強いし、いざとなれば杖で殴るし、マーリンは本当に心強い。うちのカルデアでも何かとマーリンを使っていたからよく知っていたけど、身近でその戦いぶりを見ると改めて凄いと思ったのは間違いない。

うっかりときめいたりもしたし、本当にありがたいことではある、のだが。

「何度か藤丸君優先して私見殺しにしかけたよね?」
「キミ悪運強いよね。よく生きてたと思うよ」
「マーリンのクソバカロクデナシ!」
「口が悪いなぁ。女の子は素直が一番だよ」
「素直な感想だよ!!」

死ぬ目に遭った身としては、素直に感謝することは出来ない。
ほんと凄くかっこよくて、惚れ直した!って思ったのに。
めちゃくちゃ怖くて死にかけた日の夜は一人で泣いた。藤丸君だって大して境遇変わらないのに、よく前線に立ち続けてられると思う。だからこそ彼が主人公なんだろうけど。

死にかけたときのことを思い出したらまた怖くなってきて、じわりと目頭が熱くなる。
やばい!そんなつもり無かったのに。慌てて俯いて目にぐっと力を込めた。

「泣いてるのかい、なまえ君。かわいそうに」

いけしゃあしゃあと言って、マーリンが私の頭を撫でる。
お前のせいだよと言いたかったが、別にマーリンはサーヴァントとして当たり前のことをしただけで、そもそも足手纏いの私が悪いのである。
ああクソ、何でこんなことに。折角の異世界トリップ(知識持ち)なら、もっとこう素直に逆ハーレムを楽しませてくれてもいいじゃないか。

「ごめんよ。怖かったね」

マーリンが優しく囁く。……絆されないからね。
けれどその声音は耳に心地よくて、ぽろりと涙が一滴零れた。

「なまえ君」

そっとマーリンが私の顔を上向かせる。
油断していて素直に顔をあげたら、目前にマーリンの顔があって驚いた。
そのまま顔が近づいてきて、唇に何かが触れる。

「……ぇ」
「ん?」
「……は?何してんの」
「キス」

言われた瞬間、勝手に手が動いていた。

べちん!と大きな音がして、マーリンが痛そうに顔をしかめる。

「ほんっっっとに最低!!」

怒りのままに叫ぶ私を面白くなさそうにマーリンが見やる。

「あいたたた……そんなに怒らなくてもいいじゃないか……両想いなんだからキスくらい……」
「バカにしないでよ!マーリンが私を好きじゃない事くらい分かるんだから!!ほんとに、もう、……ばか!!」

折角堪えていた涙がぼろぼろと零れ落ちる。
優しい声音に油断したらこれだ。だから絆されたりしないって、そう思ってた筈なのに、隙を見せてしまった。

だけど突然キスしてくるなんて誰が予想出来たろう。夢魔だって、女好きだって言っても、いきなりそんな事するなんて思うわけないじゃないか。

私の気持ちを知って弄んでる、そうとしか思えなくて、とにかく腹が立った。

「……っ」

唇を噛みしめると黙ってその場から立ち去る。
マーリンは追いかけるでも止めるでもなく、そのまま私が立ち去るのを見過ごした。





「やぁ」
「間違えました」

あてがわれた自室に入室した途端マーリンとはち合わせてUターンする。
しかしマーリンはがっしりと私の腕を掴むとにこにこ笑って言い放った。

「ここはキミの部屋で間違いないよなまえ君」
「何で人の部屋に無断で入室しているのかな!?」

昨日の今日でコレである。
女の子を泣かせておいて全く気にした風もなく人の部屋に侵入って、最早やってることがストーカーとか変質者じみてないか。
一人黄昏れてた私のしんみりタイムを返してほしい。めちゃくちゃ驚いたし何か呆れた。

マーリンに室内へと引っ張り込まれずるずると引きずられる。慌てて足に力を込めて抵抗するが、為すすべなくぐいぐいベッドの方へ連れ込まれてしまった。

「ぎゃあやめろ!私に乱暴する気でしょッ!エロ同人みたいに!エロ同人みたいにーッ!!」
「そう言われると期待に応えたくなるな」
「冗談だから放して!!」
「ダメ、逃げるに決まっているからね」

強引にベッドに座らされ、マーリンがその隣に腰掛ける。
何だこれどういう状況?マイルームにお気に入り設定?

ちらりと横目でマーリンを見やれば、にこりと笑い返されて顔を逸らす。コイツちっとも悪いと思ってないな。分かってたけども。

「キミが悪いんだよ。謝ろうにもアルトリアを盾に取って私が近寄れないようにするんだもの。全くいつの間にそんなに仲良くなったのやら。私に苦手なものなんて特に無いけど、アルトリアから説教されるのはまっぴらだからね。それで部屋で待ち受けることにしたのさ」
「今からアルトリアと同室にしてもらうよう頼んでくる」
「絶対させないからね?」
「痛い痛い!力強ッ!」

立ち上がって出て行こうとしたら、ぎりぎりと腕を捕まれて渋々ベッドへと座り直す。
どうしよう、これガチの貞操の危機では?
人の唇を渚のシンドバッドもかくやという早業で盗む輩だ、あれよあれよと言う間にそういうことになってもおかしくはない気がする。

どうにか逃げられないかと部屋中を目だけで見回していたら、不意にマーリンに引き寄せられ抱きしめられる。
ほら!!きた!!嘘でしょ!!助けて!!

「ふふ、もう逃がさないよ」
「ちょ……っ、あ、アルトリアとか藤丸君に言いつけるよ!!」
「良いよ、別に。人の恋路に口を挟むなって返すからね」
「何が恋路だバカッ!」
「はは、本当素直じゃないね。折角二人っきりなんだからもっと甘えてくれていいのに」

いきなり人の唇をかすめ取っておきながら何なんだその自信は。嫌われたとか思わないのだろうか?……いや、感情を食べられるなら分かるのか、私がマーリンを嫌いになんかなってないことが。

全く自分でも甘いというか仕様がないバカだなと思うが、乙女の唇を奪われたにも関わらず、私はマーリンを嫌いにはなれなかった。
元々大好きなキャラクターなのだ、そう簡単には積み上げた好意は覆らない。
クズなのも、人間個人などどうでもいいと思っていることも承知で好きになったのだから、ちょっとやそっとのことではこの好感度は減らない。

……とは言え、流石に貞操の危機はまずい。
私は仕方ないと諦めて、大きくため息を吐くと、観念して唇を開いた。

「……そこまでして、私に何が聞きたいの?答えられる事なんて無いよ」

往生際悪くそう言ってみる。もしこのまま拷問とかされて無理に口を開かされたらどうしよう。信じてもらえるとも思えないし、勿論痛いのは嫌だから、私もそれ以上黙っている選択肢はない。

しかしそんな私の懸念とは裏腹に、マーリンはあっけらかんと言い放った。

「うーん……それね。もう良いんだ」
「……へ?」

予想外すぎる言葉に間抜けな声が漏れる。
私を抱きしめたまま、マーリンは言葉を続けた。

「確かに最初は色々と怪しすぎるキミの正体を探ろうかと思っていた。だから四六時中監視して、からかってみたりつついてみたりしてたんだけど、何をどう考えてもキミはただの女の子でしかない。何故カルデアを知っていたのか、どこから来たのか、疑問はあるけど、興味は失せた」
「……じゃあ何なの?女漁り?私がマーリンを好きだから押せば落ちるとか思った?」

ごそごそと腕から逃れようと試みるも、マーリンはしっかりと私を抱き抱えて放さない。眉間にしわが寄る。
興味は失せたと言いながら未だこうして私に関わろうとするのなら、それしか理由が思いつかなかった。

「うん、そうだね。そういうことかな」
「放して、そして出てって。人をなんだと思ってんの」

普通に肯定されて物凄く尖った声が出てしまう。
ちょっとだけ「違う」と言われるのを期待したのに、マーリンはやっぱりマーリンだった。
ぐいぐいマーリンを退かせようと押してみるけどびくともしない。
何なの!?私そんなにチョロそうに見えるの!?
……いやカルデアのサーヴァントたちに比べたらそりゃあ簡単だろうけど。よっぽど相手にされなさすぎてついに妥協に走ったのか。言ってて悲しくなってきた。好きな人、というかキャラに抱きしめられてるのに何故こんな複雑な気持ちにならなければならないんだ。

強めにもがいてもマーリンはてこでも私を放そうとしない。それどころかもっと強く抱きしめられて、身動きがとれなくなってしまった。

「っちょ……放してったら!」
「嫌だよ。今夜はキミを放さないって決めてるんだ」
「勝手に決めないで!私は確かにマーリンが好きだけどだからって思い通りになると思わないでよね!」
「キミがそんなに従順だったら最初から苦労してないよ。ね、なまえ君」
「ひゃ……!?」

どさりとベッドに押し倒されて、脳内に危険信号が響きわたる。
ヤバイ、本気でガチの貞操の危機。
私なんかの了解は得る必要が無いってか!?本当に軽く見られたもんだな私も!でも実際後ろ盾も抗うすべも持たない私には、どうする事も出来ない。

「ああ、そんなに怯えないで。大丈夫、別に何もしないよ」

恐怖を隠しもせず怯えきった私に、マーリンが優しく語りかけてくる。その優しげな口調にはもう騙されたりしない。

「押し倒してる時点でアウトだよ!」
「キミのそういう空気読まないところ結構好きだよ」
「バカにしてんのか!」
「してない。一緒にいたいだけさ。ねえ、良いだろう?それくらい」

……!?
ますます意味が分からない。何もしないと言うならいよいよ私と過ごす理由が無いじゃないか。
もしかしてこうしてまず距離を詰めて、興味をなくしたふりをして私が口を滑らせるのを待つ方向に切り替えたのだろうか?

「何企んでるの?」
「本当に信用無いな私は!何も企んでないよ、キミと一緒にいたいな~って思っただけで」

全然全く信用出来ない。むしろどこを見て信用されると思ったんだか問いつめたい。
白けた顔でマーリンを見つめれば、マーリンが「あ」と口を開いた。

「もしかしてがっかりさせちゃった?襲った方が良かった?」
「いらないバカ!出てけ!」
「え、嫌だよ」
「不思議そうな顔すんなよ!ああクソ誰かー!むぐ!」

自棄になって叫んでみると、掌でまたしても口を覆われる。もごもごと叫んでみるが全然全く声が響かない。

「外まで声届かないとは思うけど、耳元でそんな叫ばれたら困るからごめんね。それっ」
「ンンンン!?」

口を解放されたと思ったら唇に指先で触れられる。と思ったら、口を開くことが出来なくなっていた。
何これ、また妙な魔術を!
ンーンー唸る私を満足げに見下ろして、マーリンはにこやかに言う。

「よしよし、これでオーケー。じゃ、寝ようか!おやすみなまえ君」

言いながらマーリンはごそごそと寝ころぶと、私の胸に顔を埋めて本当に寝始めた。

……抱き枕にされてしまった。
何コレ本当に何、どういうこと?

「すぅ……」

何とかかんとか身体を動かしてマーリンの顔を見下ろせば、本気ですやすやと安らかに眠る顔が目に入る。眠るの早いな!というかマジで寝てるだと。

「…………。」

人の胸に思いっきり顔を埋めて、マーリンは気持ちよさそうに寝ている。セクハラなんだが!?
マーリンの腕から逃れようとジタバタしてみるも、やはり強く腕を回されてしまっていて抜け出すことは難しかった。この筋力Bめ……!

「んぐっ、ぅ、ンンンンッ!」
「んん~~……」
「ぐっ!んぐぐ!」

一生懸命抜け出そうともがいていたら、マーリンが煩わし気に唸ってぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。胸にぐりぐりと額を擦り付けられて恥ずかしいやら痛いやら。

「……ぅう」

諦めて私も大人しくベッドに身を預ける。少し視線を下げればマーリンの後頭部が目に入って、柔らかな髪がくるくると散らばっているのが見て取れる。
そっとその頭に手を乗せてみる。気持ちがいい。何だこの髪手触りが最高だ。

「…………ふぅ」

唇を閉ざされたままなので、鼻から息をもらしてため息を吐く。
とりあえず、本当に何もする気は無かったようだ。一安心、と言えるのだろうか。

甘えたように私の身体に腕を回して眠るマーリンは、ちょっと、かなり、可愛いと思ってしまった。

まだマーリンが何かを企んでいる疑念は拭えないけれど、この状況から抜け出すことも出来ないんなら、もう開き直って今の状況を全力で楽しむ事にする。

そっとマーリンの頭を撫でながら、その後頭部に顔を寄せてすり寄ってみた。
やっぱり花の香りがして、その中に、少しだけ違う匂いも混じっている。きっとこれが、マーリンの薫りだ。

何がどうして、こうなったんだか。

カルデアに来てしまった理由も、マーリンが私をどうしたいのかも、私がマーリンとどうなりたいのかもよく分からないまま、とりあえず今は、大人しく寝てしまって害の無さそうなマーリンを、今までのお返しとばかりに堪能する事に決めたのだった。

LIST