えっこさんより
気になっている人がいる。こんなふうに言うと、好きな男でもできたのかって思われちゃいそうだけどちょっと違う。それに正確には人、じゃなくて人たち、だ。二股だとか、気が多いとか、そういうのでもなくって。
説明も兼ねて簡潔に自己紹介をしておこう。オッス、オラもぶ職員!趣味は二次創作の小説を書くことだ、よろしくな!
おわかりだろうか。人理が大変なことになっているこの状況では趣味が死にかけていたのである。
だって考えてもみてほしい。心待ちにしている新刊が物資と共に届くことはなく、好きな人たちの作品が更新されることもなく、私が新しく小説を書き上げたところで読む人もいない。書きたくて書いているものではあるけれど、同好の士がいないことはモチベーションに大きく影響した。
SNSのタイムラインも更新されずに、私一人で。寂しかったり虚しかったりでオタク趣味から遠ざかりつつあった。
仕事、食事、風呂、就寝。生きる上で必要なことだけのサイクルで生活して、生活して、生活して。気付いたら抜け殻になりかけていた。オタク趣味とか言ったけどオタクでいることは趣味というより生き方だとか生き甲斐のようなものだからそれを切り離してしまえばさもありなんだ。
そんな私にときめきをもたらしくてくれたのが、そう。言わずとしれた人類最後のマスターなまえちゃんと、世界有数のキングメーカー、花の魔術師マーリンさんであった。ドンドンパフパフ!
なまえちゃんのことは前からかわいいなあと思っていた。艶のある真っ黒な長い髪を揺らす美少女とか嫌いなわけがない。目の保養だなぁと思っていて、それはマーリンさんを始め他のサーヴァントたちも同様だった。ときめきだとか創作意欲だとか、そういうのとは遠かったのだけど。
なまえちゃんとマーリンさんが喋っているのを見ていたある日、ピコンと私の中のセンサーが反応した。なまえちゃんってもしかして、マーリンさんにだけ反応が少し違うんじゃないか、と。マーリンさんが一言も二言も多いのはいつものことだけど、それに対するなまえちゃんが何というか、こう、いつもよりかわいく見えた。言葉だけを見ればマーリンさんを窘めたりあしらったりしているのに、その表情は何とも女の子らしくて。
その日から私は二人でいるのを見かけるとそっと聞き耳を立てたりバレないようにチラ見したりするようになった。なまえちゃんの目に時折甘さだとか切なさだとかが浮かんでいるのを見ては法螺貝を吹き鳴らしたくなる衝動を堪え、なまえちゃんをエスコートするように背中に回る手の触れ方がやけにやらしいのを見てはソーラン節を歌い出しそうになる唇を噛み締めた。
人理が焼却されて以来、こんなに心ときめくことがあっただろうか。いやない。
なまえちゃんはどんなふうにこの男に恋をしたんだろう。どんな関係なんだろう。マーリンさん手が早そうだけどもうえっちなことはしたんだろうか。えっちななまえちゃんとか絶対にかわいいので正直ちょっと見せてほしい。
湧き上がる妄想と、それを文字にしたくて疼く両手を抑えて毎日を過ごしている。ナマモノはダメ、ナマモノはダメ、と何度自分に言い聞かせたか知れない。新鮮な供給をもらえるだけでもありがたいのだ。しょぼくれていた心が生き返ったのだから現状で良しとしよう。
「なまえちゃん、通りがかったから届けに来たよー。いるー?」
なまえちゃんの部屋の扉をコツコツとノックする。実は先日なまえちゃんと食堂で相席になって、その時ある漫画の話で盛り上がった。また読めたらなぁ、とぼやいたなまえちゃんに私持ってるよ、と教えたらそれはもう喜んでいて。他のオススメ漫画と一緒に貸すことになってなまえちゃんが今度取りにくることになっていたのだけど、なまえちゃんはみんなから声を掛けられがちで忙しそうだから私から持ってきてしまった。
「なまえちゃーん?」
留守だったかな。扉の前に置いておけば気付いてくれるか、と漫画を詰めた紙袋を下ろそうとしたとき、ピッと音を立てて目の前の扉が開いた。部屋の中は真っ暗だ。
「ごめん、寝て、た……、?」
「うっ、うん、寝ちゃってて……!えと、持ってきてくれてありがとうございます!」
「いいよ、気にしないで!起こしちゃってごめんね。それじゃあまたね」
はい、と返事してお礼を言ってくれるなまえちゃんにばいばいと手を振って足早にその場を離れる。最後はもうほとんど駆け足で自分の部屋へ急いでベッドに倒れ込んだ。
「うわあああ…………!」
なんだあれなんだあれなんだあれ。てっきりなまえちゃんは寝てたのかと、私が起こしてしまったのかと、そう思ったけど。出てきたなまえちゃんの髪とか服とか、ちょっと乱れてて。いや、寝ててもそうなるけどさ、でもさ。廊下の電気に照らされたなまえちゃんのほっぺ、ちょっと赤らんでたし。目もなんか、潤んでたし。声も、寝起きで掠れてるというよりか、甘ったるさが滲んでいて。
それだけでもご褒美っていうか、正直かなりごちそうさまですなんだけど、見間違いじゃなければなまえちゃんの肩越しに見えた薄暗い部屋の中、ベッドの上になんかいた。白っぽい毛玉みたいな、ほら、うん。うん。
「ほわあああ…………」
つまり。つまりだよ。えっちなこと……してる仲なんだ……。私の妄想の中だけじゃなかったんだ……。
なまえちゃん、かわいかったなぁ……。顔も声も、見たのが男の人じゃなくてよかった。私でもドキッとしちゃうくらいだったから、相手によっては危なかったと思う。
中断したのか、事後だったのかはわからないけど。余韻だけであんなにえっちな顔と声だと、最中はどんな感じなんだろう、なんて。あれ以上かわいいところをマーリンさんは見ているのかと思うと、うん、そりゃあなまえちゃんにえっちなことしたくなっちゃうよね。
むくり、と体を起こして私物のノートパソコンをサイドデスクから引き寄せた。
こんなこと考えるのは野暮だし、だめだってわかってはいるのに、もう脳みそも指もうずうずして限界だった。電源を入れて、テキストファイルを開く。そうしてしまえばあとは溜まりに溜まった創作意欲が妄想を文字として吐き出していく。
マーリンさん手慣れてそうだからなまえちゃんはいいようにされちゃうんだろうなぁ。普段はマーリンさんに対してちょっとツンとしてるなまえちゃんだけど、二人きりのときは甘えただったりして。甘やかしめろめろえっち……?それともちょっと意地悪めな翻弄えっち……?
久しぶりの創作活動が楽しくて筆の乗りは最高潮だった。ハッと我に返ったときにはマーなまえSSが何本も完成していた。
「やっちまった…………。い、いやでもあの、書いただけだし、ね……うん……!」
どこに公開するわけでもないし、というか公開したところでインターネットは機能していないし。個人的に書いて、一人で楽しむだけだからどうか許してほしい。
万が一にも他の人に見られてしまわないように、マーなまえを保存したファイルは厳重にロックして隠した。これで大丈夫だよね、なんて呟いて軽率なフラグを立ててしまった私はまだ気付いていなかったのである。誰にも見られることがないはずの小説に感想が届いてしまうなんて。